三斎流とは

三斎流とは

九曜会会長ご挨拶

 茶道三斎流に関心を持って頂きありがとうございます。 三斎流の門人組織である九曜会会長を務めております小林祥泰です。

 まず、皆様には細川忠興(三斎)公は丹後、小倉領主を経て肥後熊本細川家初代になった大大名なのに、なぜ縁もゆかりもない出雲に三斎流家元があるのかという疑問を持たれると思います。

 松江藩の財政再建に成功し、茶の湯を極め多くの茶道具名物を収集し、それらを詳細に分類した有名な「古今名物類聚」の著者である七代目藩主松平治郷(号:不昧)公が、三斎流の師と仰いだ江戸の荒井一掌を参勤交代の際に招いたことがきっかけで、三斎流が出雲の国に継承されました。そして、不昧公が好まれた松江の普門院観月庵で三斎流茶道を修行し、宗世宗匠から若くして道統継承した観翠庵森山祥山宗匠が、出雲の地に観翠庵道場を開いたことから出雲に根付くことになったのであります。出雲に観翠庵を構えてから当代家元森山宗浦宗匠で四代目(流祖三斎公から数えると二十一代目)となります。

 昭和十九年、京都大徳寺高桐院で京の茶風研究の研鑽中であった祥山宗匠が細川護立公、近衛文麿公にお茶を献じ賞賛され、さらに昭和二十九年に上野で行われた細川三斎公の三百十年遠忌で献茶奉仕されたことが御縁で、細川家御当主の護立公から三斎流家元の認可を賜ったもので、地方では数少ない茶道家元であります。三斎流家元では細川家のご恩に報いるため、その後も細川三斎公遠忌法要、献茶・茶会を十年毎に京都や東京、熊本など細川公ゆかりの地で、細川公をはじめとする細川家の皆様方、また多くのご関係の皆様のご臨席を賜り粛々と行って参りました。平成二十六年秋には、三斎公の三百七十年遠忌法要を細川家御当主の細川護熙様、細川護光様をお迎えし、元妙心寺管長の河野太通老大師様の御導師のもと初めて出雲の地で行い、盛会裏に終えることができました。

 利休七哲の一人である三斎公の古武士の面影を残す武家茶道の伝統を受け継ぎ、三斎流は島根県出雲市、雲南市を中心に京都、岐阜、名古屋、東京にも広がっております。三斎流の詳細な歴史、活動内容等につきましては当ホームページをご覧頂ければと思います。 三斎流に関心のある皆様からのご連絡をお待ちしております。今後とも三斎流を宜しくお願い致します。

小林祥泰略歴:出雲市今市町出身、慶應義塾大学医学部卒業、島根医科大学内科教授、島根大学医学部附属病院長、島根大学長歴任、耕雲堂小林病院名誉院長